人重視と役職重視

営業部門に属していた頃の年中行事のひとつに、取引先名簿のメンテナンスがありました。お取引先の人事異動や組織変更を名簿に反映させるもので、この更新をもとに、年賀状や昨今は大変少なくなりましたが中元歳暮といった時候の贈り物の手配が行われるという仕組みです。

このメンテナンスには大きく2つの基準があり、ひとつは「役職重視」もうひとつが「人重視」と呼ばれていました。前者は、役職を固定してそのポジションにある人が変わると人名を書き換えていくもの。後者は、人名を固定し、その人の役職が変わるとそれを書き換えていくものです。

どちらの基準で更新するかは、部署内のベテラン(役職者や年長者、あるいは長年担当している人)に確認しながら行われていたのですが、圧倒的に「役職重視」の方が多かったように記憶しています。「人重視」で、役職がどうなろうとも名簿上に名前が残り続ける人は圧倒的に少ない。それが、名簿のメンテナンスにとどまらず、日本企業のビジネスパーソン一般の標準的なおつきあいの原理なのだなぁ、ということを、今になって改めて感じます。異動があるとドラスティックなまでにあっさりとそれまで日々連絡を取っていた関係先の方々とのお付き合いが止まってしまう、というケースもたくさん見てきました。

一方で、海外のビジネスパーソンの場合はむしろ「人重視」の行動をとる人が多いように感じます。あるとき、親しくなりつつあった海外企業の方から、その企業が関係するカンファレンスへの参加の打診があり、自分では役不足と思って上司に参加を検討してもらおうと思うと返答したところ、「招待するのはオマエであって、お前の上司ではない。」とキッパリと言われたことがありました。結局この時は調整がつかず参加を見送ったのですが、その後も同じようなことがありましたので、海外とビジネスされる方においては、この点は留意しておいた方がよいと思います。

海外企業(と一括りにするするのはやや乱暴かもしれませんが)の場合、日本とは違って転職もごく当たり前にあり、新任者と前任者が同じ会社の先輩後輩の関係であることが多い日本とは異なりますから、役職重視の考え方ではいつまでも人的な関係が構築できないままになりかねませんので、こうした人重視のやり方が合理的ということもあるのでしょう。

たまたま「定年後」という定年後を扱った本を読んだ中で、退職して予想以上にぷっつりと勤め先とのご縁が切れ、自分の名前を呼んでもらえる機会は病院に行った時くらい、というエピソードが紹介されていて、取引先名簿のメンテナンスは役職重視が原則だったことを思い出したのでした。これから日本の働き方が変わっていくとき、名簿はともかく、一人のビジネスパーソンとしてのお付き合いはおのずと役職重視から人重視に変わっていくように思いますし、そうでなければ変化に対応していくのは難しいのではないか、と感じます。新しい事業を作ったり、あるいは新たに会社を興し仕事を作る、という場合を考えても、大企業の子会社であるなら別かもしれませんが、人重視のつながりがないと、なかなか難しいのでは、というのが実感です。

自分の場合、かつてのお取引先やあるいは同じ職場だった方々と「人重視」のお付き合いを頂いているケースが多く、在職中や退職時に気にかけてご連絡を頂いたり、また独立してからの仕事も、こうしたつながりから頂いていることを思うと、改めてその有り難さを噛みしめる日々です。

 

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